「人生何とかなる」
キレイすぎる言葉です。
一言で言えば、
キレイごと
と言えるでしょう。
しかしながら、多くの人は懲りずに連呼します。そこには1ミリだって「何とかなる根拠」なんてない場合だってあります。
大抵、人生が上手くいっていない場合。
この何とかなる
という言葉はうっとおしく感じます。
かくいう僕もそう感じる一人でした。
僕はド底辺の人間でした。
仕事終わりにストロング0を飲み、ニコニコ動画で加藤純一の生放送を見ていた信者衛門です。
仕事では弱音を吐き、家では好き放題にやり。
まさしく自堕落な生活を送っていたわけです。
夢も希望も未来もなく。
その日が楽しければいいや。
そういった気持ちで暮らしていたことを覚えています。
しかし今になって考えてみると、恥ずかしい気持ちになります。
というのも、やっぱり
人生って何とかなるのです。
人生何とかなる
と僕は思っています。というのも、人間は考えることが出来るからです。
考えて、今の状況を変えることが出来るからです。「何とかなるだろう」
すごく危なっかしい響きですが、こういった根拠のない自信こそが、今を変えるうえですごく大事なのではないかと思ったりします。
— 木戸隆太@ブロガー@LionHeart (@koooooomoowww) January 14, 2021
今回は
人生が何とかなるだろ。
という話をしていこうと思っています、良ければ、参考までに聞いていってもらえれば幸いです。
目次
人生何とかなると思えない理由。
一番は
世の中が厳しい
という至極当たりまえのところにあります。
多くの人は差別のない平等な社会を目指しているわけですが、そんなのは「まやかし」でそこには厳然たるまでの
弱者狩りがあります。
弱者は強者のカモにされる。
これは人類史は愚か、生物史を振り返ってもごくごくあたりまえのことであり、人生が上手くいっていない人間は大抵の場合。
この弱者狩りにあっているのです。
会社に勤めている人も、学校に行っている人も。私生活で苦労している人も。
人生の足を引っ張るのは「過去」
しかしながら、弱者を抜け出すことは中々に難しいです。
前提、人は誰しも失敗をします。
ここであまり頭の良くない人は、その失敗を気にせずにどんどん挑戦できるのですが、頭が良い人はかえって失敗を引きずるのです。
変えることのできない過去が鎖のように心に巻き付いて、自分が前に進むことを邪魔するのです。
すると負け癖がつきます。
能力は申し分ないのに、大事なところで力を発揮できない人間になるのです。
ということで、「一抜け」の方法を見つける必要がある。
一抜けする方法を自分の頭を使い導き出す必要があります。
僕が思っている手段はシンプルで、下の通りです。
絶対的に金稼ぎだと思う。
お金を稼ぐこと。
シンプルです。
昔はこの答えに抵抗を持つ人が多かったと思います。
「人間はお金が全てじゃないだろ」
「人生はお金で買えない」
「おい、この金の亡者!」
しかしながら現代は、
「市場価値」
という言葉も当たり前に使われるぐらいにお金を稼げるか否かはその人間の価値を左右するわけです。
人生を何とかしたいのであれば、個人的にこの市場価値という部分を何とかしていく上げていく手段を考えることがマストではないか。
僕はそう思っています。
お金を稼げるようになれば、手っ取り早く強者になれます。
お金稼ぎは難しいですが、自転車です。
お金稼ぎは、言うなれば自転車です。
最初は死ぬほど難しく、擦り傷を負うこともザラにあります。
しかし、乗り方に慣れて来れば超人的なスピードで自分の人生を加速させることが出来、より早くゴールにたどり着けるようになるのです。
そういった意味では、副業も人生の問題の一つに組み込んでみることも僕としてはオススメですかね。
どうせいつかは上手く行く話。
僕が思っていることは、
頑張ってたらいつかうまくいくだろ。
ということです。
すごく楽観的な言葉で、まさしく今回の本題である
「人生何とかなる」
に通ずる言葉であると言えます。言ってみればとんでもないほどのきれいごとなわけです。
それでも僕はド底辺から頑張って、「人生何とかなる」を体現してきたと思っています。そういった僕からしてみれば
頑張ってたらいつかうまくいくだろ。
は、格言に近い響きを持ちます。
どれだけ暗雲がたちこめた先の見えない未来であっても、歩き続けていれば日が差しますし、自分の体を冷やす雨もいつかはめぐみの雨にだって思えるのです。
つまるところ
止まない雨はないのです。
とはいっても動く必要はある。
とはいえ、待っていても雨はやみません。
自分の救世主は自分
上の通り、自分が自分の救世主になるのです。
とにかくは出来ることをします。
靴を磨く、本を読む、自炊する。
何でもいいです。
自分のできる範囲で作業を続けていれば、その範囲は広くなっていくのです。
出来ることが増えれば、いずれ生産性が上がります。
生産性が上がれば、さらにより良い生き方を見つけ出すことが出来る。
それを繰り返すことで未来を少しずつ自分の思い通りにしていく感じです。
そう考えれば。
やっぱり、すべては
自分が、これからどう行動するかです。
人生何とかなるとは自分に言い聞かせる言葉だ。
人生何とかなる。
この言葉を他人から言い聞かされると少し嫌な気持ちになります。
しかし、自分自身に言い聞かせるとなると割と楽観的な気持ちになります。
僕は成功するうえで結構大事だと思っているのが、
根拠のない自信
です。
絶対的な確証はないけど、まあ、上手くいくだろう
そういった気持ちを持っていると、物事は意外と良い方に向かっていってくれるのです。
だから、しんどい時ほど
「まあ、最終的にはなんとかなるだろ」
と思って、今を耐えてみることが大事なのではないかと経験則より思っています。
そもそも、将来なんて深く考えても無駄
未来のことは誰にもわかりません。
- インターネットがここまで便利になると誰が予測できたでしょうか。
- スマートフォンの全世界に普及するのを、誰が予測できたでしょうか。
- ユーチューバーが富豪層になるなんて誰が、予測できたでしょうか。
同様に、一個人の未来もどうなるかなんて一切わかりません。
今の僕がブログを運営してそれなりにやっていけているなんて、5年前の僕に言っても信じてもらえないと思います。
先が見えない未来だからこそ頑張れる。
「人生何とかなる・ならない」には根拠がありません。
でも先が見えない未来だからこそ、今を本気で活きようと思えるわけです。
全ての結末が見えているのであればだれも努力しようとは思わなくなるのです。そう考えれば、先の見えない未来は人間が頑張ろうとする大きな要因でもあるのです。
「人生何とかなる」
この言葉をいかにして捉えて進んでいくのか。
これが僕たち社会人に仕向けられた一つのテーマなのではないかと僕は思っています。
底辺にいる人ほど、頑張れるのだ。
最後にこれもまた根拠のない話になりますが、僕は
底辺にいる人ほど頑張れる
と思っています。
これ以上落ちることがないのであれば、好きなことが出来ます。僕の場合は副業に手を出しました。
そこが活路になったわけです。
今底辺にいると思う人は、
とにかく環境を変えてみることをお勧めします。
そもそも、全ての人間は頭がいいのです。
ですから、自分を取り巻く環境を少し変えてしまえば意外と何とかなったりすることが多いです。
多くの人は組織というしがらみの中で考える力を放棄するものです。
これが組織活動の恐ろしい所で、群がると一個体としての能力は基本的に落ちてしまいます。
だからこそ、自分で動き出せる環境を作ることこそが僕は大事であると結論付けています。
僕の場合はブログを始めてみることで、環境が大きく変わり、そこから着実に一歩ずつ進んでいくことが出来るようになりました。
何事もとにかく一歩を踏み出すことが答えになるのだと思います。
それは、少し厳しいことでもあるのですが、だからこそ生きるのは楽しかったりもするのです。